私は以前、全米ネットのテレビ番組に出演する1週間前に、クリスという男性から求めてもいないメールを受け取ったことがあります。そのメールにはこう書かれていました。
「あなたが出演していた『インターナショナル・ネットワーキング・ウィーク』のビデオを拝見しましたが、個人的に不快で素人っぽいと感じました。感想をお聞きになりたいのではと思い連絡しました。(来週の)『トゥデイ・ショー』でプレゼンされる際にお役立てください」
まずお伝えしておきますが、私はクリスという人物を知りません。彼に会ったこともなければ、話したこともありません。なぜ、彼がこのような「ありがた迷惑な」連絡を私にしなければと思ったのか理解に苦しみました。
しかし、彼のこのメッセージのおかげで、関係構築におけるネットワーキングの重要な点が浮き彫りになったのです。
誰かとコミュニケーションを取るということは(特に初めての場合)、関係を築く機会にも壊す機会にもなり得ます。それが初めてクリスから受け取ったメールでしたが、最初のやり取りとしてはあまり建設的とは言えませんでした。
知らない相手に、求められてもいない批評を送る人の気持ちが、私には理解できません。しかし、デジタル社会においては、こうしたことがますます増えているようです。クリスが面と向かって目の前の人に、こんなことを言う度胸があったとは思えません。しかしながら、今の時代は、インターネットを通じて、対面では言えないことを安全な場所から言うようなサイバー批評家で溢れています。
私はクリスが言及した「不快な」ビデオを再度見返しました。彼は何が「不快」だったのか具体的に述べていないので、彼にとって何がそんなに不快だったのか分かる術もありません。「素人っぽい」という点については、意見というのは鼻と同じで、誰でも一つは持っているものです。とはいえ、意見なんて誰にでもあると思いつつも、私はそのビデオをもう一度じっくり見直そうと思いました。それはプロのカメラマンによって撮影され、複数のカメラアングル、プロによる照明、さらにメイクアップもしていました(それがクリスに不快だったのでしょうか?)。
他にもいくつかフィードバックを受けました。ある人はこのビデオはカットアウェイ(メインのシーンから一時的に別の映像に切り替え)が多くて気が散り、少々「アートっぽい」と言い、他の何人かは、画面の切り替えが気になるようでした。私はこうしたコメントは、少なくとも具体的で建設的なものだと思いました。でも、本当に「素人っぽい」のでしょうか?そこで、このクリス(という人物)は、私のビデオとはくらべものにならないようなすごいウェブサイトを持っているのではないかと思い、さっそく調べてみました。その結果は、彼のウェブサイトを見て、彼を人に勧めることはないとだけ言っておきます。
他人への批評は控えめに
ではなぜ私がこの話をするのかといいますと、人生で成功したいのであれば、自分のビジネスをより良いものにすること、そして他人への批評は控えめにすることが大切だからです。
確かに批判せずにはいられない人がいるのも事実です。もし、批判されるなんて思ってもいない人に自分の感情をぶつけたくなった場合は、誹謗中傷のメールを送る前に、以下の4つの点を考えてみてください。
- あなたの批判は、求められたものですか? 求められていないアドバイス(特に関係がない相手からのもの)は、ほとんど感謝されません。
- 批評する相手は、あなたが知っている人ですか?知らない人に批評を送る理由は何ですか?(自分がすっきりして、相手の肩に重荷をかけるためでしょうか)?
- 相手を知っているかどうかにかかわらず、あなたの意図は、「建設的な」提案をすることですか(さもなければ、意味のある具体的で前向きなアイデア)、それとも単に不満を伝えるためですか?単に不満をぶつけるだけであれば、あなたのことを大切にしてくれる友人にとどめ、知らない人には送らないようにした方がいいでしょう。
- どうしても連絡をする場合、それは関係構築に役立つものでしょうか。それとも関係を壊してしまうものでしょうか。後者であれば、母親のアドバイス:「良いことが言えないのであれば、何も言わない方がいい」を思い出してください。
この最後の一文は、普遍的なアドバイスです。これまで批評家のために銅像が建てられたことはないと言われています。他人の欠点を指摘するのは簡単ですが、自分自身が正しいことをするのは難しいものです。特にネットワーキングを通じて強固なビジネスの関係構築を望むのであれば、求められていないアドバイスは控えるようにしましょう。
あなたにも同じような経験がありますか? そのとき、どう対処しましたか?上記の私のリストに何か追加することがあれば、ぜひお聞かせください。
訳=川崎あゆみ