例外を探していても、卓越した成果は得られない

2026/10/19

ビジネスキャリアを通じて、私は「例外を探していても、卓越した成果は得られない」ということを何度となく実感してきました。
「偉大な成果」は欲しいけれど、それに見合う「最大限の努力」はしたくないという人が大勢います。もし自身の興味のある分野の成功の原理に焦点を当てることに、今の半分でも時間を投資したら、2倍の成果を得ることができるのではないかと本気で思っています。
ところが実際には、さまざまなアイデアを探しては、何が有効なのかについて人と議論している人があまりにも多くいます。特に、その分野ですでに成功している人たちを相手にです。

異議を唱える

以前、友人がトニー・アレサンドラ氏の「プラチナルール」について書いた記事を読んだことがあります。
プラチナルールとは、「自分がしてほしいように相手に接するのではなく、相手がしてほしいように相手に接する」という考え方です。その記事では、トニーの考え方がうまくまとめられていました。
ところが、その記事に、ある人がこんなコメントを投稿しているのを見かけました。
「人は必ずしも、自分にとって何が一番よいのか分かっているわけではない。だから、これはひどい考え方だ」
本当でしょうか?
私にはとんでもない意見に思えました。しかし、自分が過剰反応しているだけかもしれないと思い、その人が過去に書いたものも確認してみることにしました。
他の人の投稿に対するコメントを見てみると、彼はいつも反対の立場を取っていました。ほとんどあらゆることについて、ほとんどすべての人に反論していたのです。
そこで今度は、彼自身の投稿を見てみました。すると、彼自身は何をやってもうまくいっていない人だと分かりました。明らかにビジネスを次々と変えており、どれもうまくいっているようには見えませんでした。
彼が一番得意なのは、何にでも反論することのようでした。他人の意見に異議を唱えることのエキスパートだったのです。

努力しなくても結果は得られる?

友人のプラチナルールの記事を読んでからほどなくして、いくつかのBNI®のネットワーキンググループを訪問したことがあるという人から、メールを受け取りました。
そこには、次のように書かれていました。
「私の幅広い人脈を地元のネットワーキンググループに提供したいのですが、毎週のミーティングに参加することなく、それを行うよい方法はないでしょうか。ミーティングには月に1回しか参加できません。それでも、このグループの理念や、よく体系化されたプログラムの原則は取り入れたいと思っています」

このリクエストを読んで、私はこんなことを考えました。
ツール・ド・フランスで優勝したい。でも、あんなにペダルをこぐのは嫌だ。
オリンピックでメダルを獲れたら素晴らしい。でも、あれほどのトレーニングは本当に必要なの?
医者にはなりたい。でも、血液や内臓に関わることを抜きにして、医者になれないだろうか?
軍の将軍にはぜひなってみたい。でも、訓練キャンプ? 本当に? 訓練キャンプまでやらなければならないの?
そして、何より憧れるのがノーベル平和賞。受賞できたら、それは素晴らしい! でも、何か重要な形で世界を変えなければならないのだろうか? もっと少ない努力で、同じ結果を得る方法がきっとあるはず。そうでしょう?

願うだけでそうなるのならいいのですが、現実はそうではありません。

効果が実証されている方法に対して、例外を探すことが、多くの人にとって当たり前になっているように思えます。

しかし、「他の人を成功に導いてきた規律ある努力は、自分には通用しない」という理由を正当化するために、例外を探し続ける人が、私の経験上、最終的にたどり着くのは一つの揺るぎない真実です。
一貫した規律ある行動を続けて成功を収めた卓越した人たちこそが、実は「普通」に対する本当の例外なのです。


この記事は、Dr.アイヴァン・マイズナーによる「Exceptional Performance is Not Achieved by Looking for Exceptions」を翻訳したものです。
原文:https://ivanmisner.com/exceptional-performance-is-not-achieved-by-looking-for-exceptions/
翻訳:丹野裕道(株式会社ディアス)